2009年8月6日
日本原水爆被害者団体協議会
原爆症認定集団訴訟全国原告団
原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会
「原爆症認定集団訴訟の終結に関する
基本方針に係る確認書」の調印を終えて
1 本日、国は、熊本地裁判決について控訴を断念したうえで、一審勝訴判決に
したがい原告の原爆症認定を行うこと、原告に係る問題の解決のために基金を
設けること、さらに残された問題の解決を図るために厚生労働大臣との定期協
議の場を設けること等、原爆症認定集団訴訟の一括解決を決断し、「原爆症認
定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」の調印を日本被団協と行い
ました。私たちは今回の麻生総理の決断を心から歓迎します。
2 1945年8月6日、9日、広島市と長崎市に、アメリカ軍が投下した原子爆弾は、広島では14万人、長崎では7万人の市民を殺戮し、二つの町を一瞬にして壊滅させました。
生き残った被爆者にも、がんをはじめ様々な病気が発症し、死の恐怖に怯えながら現在まで苦しみ続けています。
しかし、国は、明らかに放射線に関連するこれらの病気について、2003年提訴当時の被爆者約27万人のうち約2200人(0.81%)しか原爆症と認定しませんでした。
戦後60年を経て、被爆者は「死ぬ前になんとしても原爆被害の残酷な実態を告発したい」との思いで、2003年4月、札幌、名古屋、長崎から原爆症認定集団訴訟を始め、鹿児島にいたるまで全国17の地方裁判所に広げました。
被爆者・原告は、裁判で自分のプライバシーをすべてさらけ出して、この60年間の病気と、生活の苦しみと、心の悩みを裁判所に訴えたのです。
裁判の中では、国が、放射線の被害について、原爆が爆発したときの直爆放射線しか見ておらず、残留放射線や放射性降下物さらに内部被爆を無視して、原爆被害を軽く、狭く、小さな被害として描こうとしていることが明らかになりました。
3 私たちは、2006年5月の大阪地裁での9名の原告全員勝訴に続き、現在まで,二つずつの東京高裁,大阪高裁判決,一つの仙台高裁判決を含む19の裁判所において連続して勝訴してきました。
日本被団協と原爆症認定集団訴訟を支援し核兵器の廃絶を願う市民は、国に対し、原爆症認定集団訴訟の早期の一括解決と、審査の方針(原爆症の認定基準)の被爆実態に見合った抜本的な改訂を求めてきました。その結果、二度にわたる認定基準の改訂を勝ち取ってきました。
そして、今回の確認書の調印により、訴訟の早期一括解決、被爆実態に見合った認定行政への転換に道筋をつけることができました。
4 バラク・オバマアメリカ大統領は、本年4月5日にプラハでの演説において、核兵器を使用した唯一の核保有国として、アメリカは行動すべき道義的な責任があるとしたうえで、「核兵器なき世界への共同行動」を呼びかけています。私たちもこの集団訴訟の成果を、核兵器の廃絶に向けた大切な財産としたいと考えています。特に、この核兵器の廃絶の流れの中で、官房長官談話において「唯一の被爆国として、原子爆弾の惨禍が再び繰り返されることのないよう、核兵器の廃絶に向けて主導的役割を果たし、恒久平和の実現を世界に訴え続けていく決意を表明」したことを高く評価します。
5 今回の成果は私たち原告団だけのものではなく、現在生存している23万余の全国の被爆者に共通のものであり、核兵器なき世界を求めて連帯してたたかっている全国の人びと、世界の人びとが共に喜び合えるものと確信します。
しかし、まだ解決しなくてはならない多くの課題が残されています。私たちはそれらを解決するため、みなさんとともに力を尽くすものです。今後ともご支援をよろしくお願いします。
以 上
6/9午後、民主党の藤村修『次の内閣』ネクスト厚生労働大臣や高木義明議員、松本大輔議員、山田正彦議員が、河村官房長官に面会し、勝訴原告の認定、未判決・敗訴原告の救済、認定制度の抜本的改正を強く申し入れました。民主党のウェブサイトでも詳しく報告されています「藤村修『次の内閣』ネクスト厚生労働大臣は9日午後、官邸を訪れ、河村官房長官に対し、原爆症認定問題に関し被爆者援護の立場で対応するよう要望書(以下ダウンロード参照)を手渡した。申し入れには、高木義明・民主党原爆症認定制度見直し作業チーム座長、松本大輔・同事務局長、山田正彦前・民主党ネクスト厚労大臣が同席した」
また、同じ6/9は 、民主党の谷博之先生、下田敦子先生が、参議院厚生労働委員会で、訴訟解決などについて質問して下さいました。
時事通信の報道によれば、広島市の秋葉市長も、、「全員救済への第一歩であると認識している」とのコメントを表明しました。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009060900730