《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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【シリーズ 弁護団の心意気!】 第一回

原爆訴訟への私の思い~弁護士 池田 眞規
(東京弁護団・1928年生まれ)


1、被爆者との出会い

 私と被爆者との出会いのきっかけは百里基地裁判です。
 1977年、自衛隊違憲訴訟の百里基地裁判の第1審判決は「自衛のために防衛措置をとることを憲法は禁止していない」と言う最悪のものでした。
 このような解釈をするのは裁判官が「政府の行為によって再び戦争の惨禍をくりかえさない」という立場に立って憲法9条解釈をしないからだ、と考えました。
 控訴審では「戦争の惨禍」を裁判官の頭に叩き込むしかないと考えたのです。こうして、日本被団協に押しかけて被爆者との付き合いが始まりました。
 最初に成果を挙げたのが肥田舜太郎医師(被爆軍医)の東京高裁の法廷での「戦争の惨禍の極限である原爆地獄」証言でした。 【“【シリーズ 弁護団の心意気!】 第一回”の続きを読む】
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