《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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原爆症認定集団訴訟・近畿の公判傍聴日誌⑮

法廷での原告証拠調べ(本人尋問)終る
2005年6月29日(水)・大阪地裁

 原爆症認定集団訴訟・近畿の第14回公判が、6月29日午前10時半から、大阪地裁本館2階の202号法廷で開かれた。この日は、3人の原告、大阪府門真市の甲斐常一さん(80)、神戸市北区の葛野須耶子さん(75)、兵庫県川西市の井上正巳さん(74)に対する本人尋問が行われた。 【“原爆症認定集団訴訟・近畿の公判傍聴日誌⑮”の続きを読む】
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東京>05年6月14日 集団訴訟・東京 第11回口頭弁論

 証人=聞間元さん(医師、全日本民医連被爆問題委員長)

05年6月27日 集団訴訟・東京 原告本人尋問
 原告=西本照雄さん(長崎被爆)、福地義直さん(広島被爆)

05年7月11日 集団訴訟・東京 原告本人尋問
 原告=三鷹N子さん(長崎被爆)、中山勇栄さん(長崎被爆)

05年7月21日 集団訴訟・東京 原告本人尋問
 前立腺ガンで認定を求めている八王子の吉澤純一さんへの尋問を約100人が傍聴。被爆当時17歳の広島工業専門学校の学生で、爆心地から200メートルにあった自宅にいた母、祖母、2人の妹、弟の5人を後に、千田町(1.8キロメートル)の校舎に登校したのが家族との別れだった。一瞬にして一人ぼっちとなった吉澤さんの、自宅あたりにあった白い粉を遺骨として缶に収めたという証言は、傍聴者の胸を強く打った。

東京おりづるネットのHPより引用させていただきました

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