《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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近畿の公判傍聴日誌④

2004年1月30日(金)・大阪地裁

 各地でたたかわれている原爆症認定集団訴訟は、今年に入って1月28日、東京地裁に、広島、長崎で被爆した男女6人(66歳―80歳)が認定申請却下処分取り消しを求めて追加提訴。原告数は、全国10地裁で計116人に達した。
 原告弁護団は、裁判官らに被爆の実相への理解を深めてもらう一環として、原爆投下直後の惨状や後遺症に苦しむ被爆者の証言などを記録したビデオを証拠として採用し法廷で上映するよう求めてきたが、許可するところが相次いでいる。
 大阪地裁もその一つで、30日午前11時から開かれた第4回公判で、82年に広島、長崎両市が企画、岩波映画製作所が製作した46分のビデオ「ヒロシマ・ナガサキ―核戦争のもたらすもの」が上映された。
 本館2階202号法廷には、原告弁護団席横に大型テレビ受像機が1台、裁判官と被告国側代理人から見られるような位置に置かれ、原告や傍聴席からは大型スクリーンに映し出して見られるようセットされた。
 大阪、兵庫、京都の原告数人が介添え者と一緒に証言台前にずらりと並んで座る。傍聴席もほぼ満員。年老いた被爆者を包むように若者の姿が目立つ。
 開廷。山田知司裁判長が陪席判事一人の交代を告げたあと、直ちに上映に移った。原爆投下で壊滅した広島、長崎の市街地、被爆直後、血だらけで道端に座り込む負傷者たち、黒焦げの幼児の死体。生々しい白黒写真が次々目に飛び込んでくる。息をのむ隣の傍聴者の呼吸が伝わってくるほど。裁判官3人もほとんど身じろぎもせずに見入る。傍聴席のお母さんが抱いていた赤ちゃんの無邪気な声がときたま聞こえると、なんとなくほっとする。被爆者のケロイド症状が映される。原爆症について医師の証言が続く。懸命に生きる小頭症の女性の姿も。「原爆が奪ったのはみんなの暮らしであり、人と人とのつながりであり、いのちであった」…。印象に残るナレーションを胸に刻み込んでいるうちに、上映時間の約45分があっという間に過ぎてしまった。被爆の全体像を被爆者や医師、学者らの証言とフィルム、写真によって科学的に描こうと努力した作品だった。

 このあと、原告弁護団が、国側はこちらの追及に依然まともに答えてこない、と不満を表明。できるだけ早く争点が絞られ証拠調べに入っていけるよう裁判長に要請し、三者の間で若干のやり取りがあった。次回の第5回公判は3月19日(金)、次々回の第6回公判は5月7日(金)いずれも午前11時からと決まった。11時50分、閉廷。

 報告集会は午後0時15分ごろから裁判所近くの電子会館で開かれた。
 冒頭、尾藤廣喜弁護士が今回のビデオ上映について、証拠として「見といてください」と提出するだけでは、ちゃんと見てもらえるか分からないし、原告はじめみんなのいるところで見てもらうことが大事だと考えた、と狙いを説明。内容も、被爆の実態、核兵器廃絶の必要性がよく出ていたと思う、裁判所に被爆の実相がどんなにすさまじいものかを理解してもらい、その上で原爆症認定問題の判断をしていってもらう上で意義があった―と報告した。だが、司会の弁護士が「今日のビデオを見ての感想を」と促すと、原告をはじめ被爆者の人たちから厳しい発言が次々に飛び出した。
 「私らのように、人間が丸焼け、炭のようになって死んでいく中をかいくぐってきた者にとっては『なんや、あんなもの』といった気持ちだ。映像にはにおいもない。色もない。もっとひどい、ひどい残酷なものだった。弁護団の人たちにも分かってほしい」。「投下直後の写真といっても3時間後のものだ(広島・爆心地から2,2キロの御幸橋付近で午前11時すぎ撮影された被災者の群れを指していると思われる)。逃げていく途中の道の両側に何キロとなく死体が続くんですよ。ビデオには本当の姿は出ていない」。「今日、ビデオを見ていて『あなたには分からない』と裁判官に言いたかった。あの状況だけはいたものじゃないと分からない」―。ある者は搾り出すような声で、ある者は涙にくれながら、堰を切ったように語り続けた。
 その間、弁護団の人たちは押し黙り、じっと耳を傾けていた。つらそうな表情が物語るのは、ビデオ映像が被爆者たちに批判されたからではない。それほどまで深く刻まれた被爆者の悲惨な体験、人生を裁判官にどう分からせるか、任務の重さをあらためてかみしめたからに違いなかった。
「時間がなくなってきてすみません。今日は若い人の傍聴が多かったが、だれか感想を聞かせてほしい」と司会者の声に、京都の同志社大2回生の男子学生がすぐに手を挙げて立ち上がり、「ビデオを見てすごいことになったんやなあと思っていたが、こちらの会場に来たら、被爆者のみなさんから、あんなもんやない、色もにおいもないし、投下直後のことでもない、と言われ、また考えさせられた。これからも原爆症の問題に関心を持ち続け、みんなにも訴えていきたい」と決意を語った。支援グループ代表から裁判所の公正な判断を求める署名運動への協力要請の呼びかけがあり、最後に藤原精吾・弁護団長が「裁判はいよいよ核心に入っていく。確信をもってたたかっていきたい」と締めくくり、午後1時20分、閉会した。
この日の報告集会は、裁判官にこそ傍聴してほしかった、と思いながら帰路についた。
以上
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