《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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原爆症認定集団訴訟・近畿の公判傍聴日誌-9

「被爆の実相無視した科学者のごうまん」安斎育郎証人、認定審査基準を批判
2004年10月1日(金)・大阪地裁

 原爆症認定集団訴訟・近畿の第9回口頭弁論が、10月1日午後、大阪地裁であった。今回は、閉廷後、大阪弁護士会館3階会議室で行われた報告集会でのことをまず書き留めておきたい。
弁護団などの話が一段落したとき、原水爆禁止京都協議会(京都原水協)事務局の田淵啓子さんが立ち上がり、「9月28日早朝、原爆症認定を申請中の京都の被爆者、大坪昭さんが亡くなられました」と報告したのだ。
 大坪さんは、あの日、17歳の少年志願兵として広島にいた。夜間訓練で山中におり直接ピカは免れたが、現在の原爆ドームの北にあった西練兵場での被災者仮救護所で連日、救護と整理作業に従事した。戦後2年ほどして脱毛が激しくなり、痛みがないのに歯磨き時に血が出る、立ちくらみも頻発する。やがて、被爆のせいだと自覚するに至る。それからというもの、胃潰瘍、貧血症、心臓病、肝臓、腎臓の疾患、変形性脊椎症等々、手術や入・通院を繰り返す人生だった。
それでも、熱心な語り部として、また京都原水爆被災者懇談会の世話人として活動を続けてきた。
 田淵さんによると、大坪さんは今年3月13日、京都で開かれた「原爆訴訟を支援する映画と交流のつどい」に参加したのが活動の場へ顔を見せた最後。つどいの直後に体調が悪化し、救急車で病院に運ばれた。入院中のある日、「ちょっと話したいことがあるんや」と呼ばれ、「今までいろいろと病気をして生きてきたが、このまま死ぬのはあまりにも無念や。認定申請したい」といわれた。田淵さんの手伝いで、書類が整い、国に申請書を出したのが5月10日。病名は骨髄異形成症候群。「大坪さんは、いつ来るやろ、いつ来るやろと国からの返事を待ち続けていました。私たちはこのような被爆者をどう救ったらいいのですか。本当につらい。どうしても裁判に勝利しなければならないと思います」。田淵さんは自分に言い聞かせるように話した。
 神奈川県在住の被爆者7人が9月30日、横浜地裁に提訴して、原爆症認定を求める裁判は全国12地裁に広がり、原告者数は17都道府県計161人となったが、広島や長崎などで提訴後に判決を聞けないまま亡くなった原告もいる。この人たちもまた、大坪さんと同じように無念だったに違いない。そして、裁判には至っていないが、国の冷たい行政をうらんでいる無数の被爆者がいることを忘れてはいけないだろう。

 この日の公判は、午後1時半から本館2階の202号法廷で、傍聴席をほぼ満席にした被爆者や裁判支援者ら注目のなか、原告側申請の二人目の証人、立命館大教授の安斎育郎氏に対する尋問が行われた。安斎氏は立命館大国際平和ミュージアム館長、原水爆禁止世界大会・起草委員長など長年、核兵器廃絶・平和運動に携わってきたが、同時に放射線防護の専門家である。この日は科学者の立場で証言台に立った。宣誓書朗読の後、西川知一郎裁判長の指示に従っていすに座って証言した。
 前半は原告弁護団の三重利典弁護士を中心とした主尋問が展開された。弁護団はまず、安斎氏がかつて行った、被爆後の長崎に駐屯した米海兵隊員の被曝線量評価に関する調査を素材に、残留放射線問題の見解を尋ねていった。
 1945年9月23日から翌年6月まで、多いときには約1万人の海兵隊員が長崎に入市し、調査活動や瓦礫の片付け作業などに従事した。ところが約30年経った1970年代半ば、これらの元駐屯海兵隊員の間で多発性骨髄腫の発症が取りざたされた問題である。
 質問に答え、安斎氏は、①原水爆禁止世界大会に、多発性骨髄腫にかかった元海兵隊員本人や遺族が参加していて、ほかにも同じような発症があることが分かった。②入市日からいって火の玉からの「直曝」ではありえないから、考えられるとすれば残留放射線。そこで彼らの疾病が長崎駐屯による残留放射線被曝と関係があるかどうか、検討を要請され、日本原水協の専門委員会を中心に総合的検討を行った。③検討結果は日本放射線影響学会で口頭報告。東大医学部放射線基礎医学教室、岡田重文教授の目にとまり英語に翻訳されて一部で配布された。アメリカ大使館からもほしいと要請があり提供した。④1980年代の後半、アメリカで放射線被曝した復員軍人への補償法ができ、対象疾患の中に多発性骨髄腫も入ったので、あるいは自分の研究もいくばくか役にたったのかもしれないが、はっきりしたことは分からない―などと説明。この研究から言えることとして、▽放射線被曝には、体の外から放射線を浴びる「外部被曝」と、体内に取り込まれた放射性物質が体内で放出する放射線を浴びる「内部被曝」があるが、実際に海兵隊員の被曝状況を検証しようとすると、誘導放射能による被曝、放射性物質の降下による被曝、放射線汚染された飲食物の摂取による被曝、さらに汚染地区にどれほど滞在したかなど様々な角度から検討しなければならず、多くの不確定要因があるといわざるをえない。▽だからといって、何も分からないのだから多発性骨髄腫と残留放射線被曝は無関係という態度をとるべきではなく、さらに詳細に検討する必要がある―ということだった、と述べた。
 弁護団の質問は残留放射線被曝のメカニズム全般に移り、安斎氏は、放射線被曝は「内部被曝と外部被曝の合わせ技で起こる」のだと説明、さまざまな事例をあげて内部被曝の重要性を強調した。そして、国の原爆症認定審査がこれまで「直曝」に基づく放射線量評価システム・DS86を基礎に行われてきたことについて、「広島・長崎のような非常に複雑な被爆の実相を考える上では、要因の一つに過ぎない直曝だけで判断しようなどという単純化は、科学者のごうまんといわざるをえない」と国の審査のあり方を厳しく批判。DS86の欠陥を補うものとして国が打ち出しているDS02についても「まだ公式のものとして報告されていないし、依然として実測値とのずれの問題が解消されていないといわれている」と指摘。審査方法の見直しの柱とされる「原因確率論」も「被爆者の切捨てであり怒りを感じる」と証言した。

 10分ほど休憩の後、午後3時25分から被告国側が反対尋問した。長崎駐屯米海兵隊員の被曝線量調査問題について若干ただしたほか、放射線が人体内に入ってDNAなどを損傷、破壊するメカニズム、核爆発に伴い発生する電磁パルスの問題などを取り上げたが、前者の問題では紫外線とDNA破壊の関係、後者では携帯電話と電磁パルスの関係といった、何を答えとして引き出そうとしているのか傍聴席からは理解しにくい質問が多かった。被爆者に特有の脱毛とストレスとの関係についての質問が出て、そうか、要するに国側は原爆による放射線被曝以外の要因によっても障害は起こるのだと、なんとなく印象付けたかったのだろう、と思うほかなかった。一言でいえば、国側はこの裁判の核心に深入りするのを避けている印象が強い。DS86については「あなたは関与したことがあるか」と尋ねたきりだった。安斎氏は「メンバーでない」とぴしゃり。
 あれっ、と思ったのは、田中健治裁判官が熱心に補充質問したことだ。外部被曝と内部被曝の問題に焦点を当て、▽被爆の影響が現れる「しきい値」を考える場合、内部被曝でも同じように考えていいか▽きめこまかい評価のメルクマールとして何かあるか―といった質問がいくつか続いた。原告弁護団がすかさず追加質問に立ち、「裁判所からの補充質問は、しきい値を内部被曝でも共通の物差しとしていけるのでは、との考えに立ってのもののようにうかがわれる」と牽制。安斎氏は、評価の技術的方法などいまだに確立されていないし、まして半世紀以上前に被爆した人たちに対して、限られた数値で原爆症かどうか決めていくのは許されない、認定制度のあり方としては、ある一定の条件下ではすべて起因性を認めるのが妥当と思う―と締めくくった。午後5時、閉廷。

 報告集会では、三重弁護士が「今日は、多くの被爆者を診てきた肥田先生(舜太郎氏)の前回公判での証言を、科学的に裏打ちする証言をしていただけた」と挨拶。安斎氏は「ああいう反対尋問しかできない国を持つのは悲しいね」とひとこと感想を述べた。支援者代表からは、公正な裁判を要請する署名がさらに集まり、2万を突破して20088筆に達した、と報告があった。
 次回公判は11月17日(水)午後1時半から。9月3日に追加提訴した原告被爆者の訴えになる予定。その後の日程として明らかにされたのは、12月15日(水)に原告側申請の沢田昭二・名古屋大名誉教授と被告国側申請の小佐古敏荘・東大原子力研究総合センター助教授の証人尋問(それぞれの主尋問)。2005年2月23日(水)に両氏に対するそれぞれの反対尋問。藤原精吾・弁護団長は「最終的にわれわれは原告一人ひとりの原爆症認定を勝ち取らねばならない。そのために必要な各種資料をいろんな方面にお願いしているが、支援をよろしく」と呼びかけた。
以上
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