《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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原爆症認定訴訟・近畿の公判傍聴日誌-11

沢田(原告側)小佐古(国側)証人の主尋問
2004年12月15日(水)・大阪地裁

 原爆症認定集団訴訟・近畿の第10回口頭弁論は、12月15日、大阪地裁本館2階202号法廷で開かれ、原告側が申請した被爆者で名古屋大名誉教授の沢田昭二氏と、被告国側申請の東大原子力研究総合センター助教授、小佐古敏荘氏に対するそれぞれの主尋問が行われた。
 原告側にとっては、被爆の実相を踏まえた原爆症認定制度への根本的転換を求めるこの集団訴訟を総論的に裏打ちするため、すでに証言台に立った肥田舜太郎(被爆者、医師)、安斎育郎(立命館大教授・放射線防護)両氏に次ぐ3人目、そして締めくくりの証人である。国側にとっては、認定基準が正当だと主張するため立てた唯一の証人である。午前11時10分から午後4時40分まで、昼食休憩をはさんで、双方約2時間ずつ、それぞれの立場を全面展開する場となった。
 今回は、国の不当な認定基準の支柱となってきた原爆放射線の線量評価システム、DS86と、それを「見直し、科学的合理性もある」と国が主張するDS02の問題点も、理論的側面を含め突っ込んで論証される。「論証された」と過去形にしないのは、次回公判で、もう一度、両証人に対し、原、被告双方から反対尋問が行われることになっているからである。したがって、主尋問と反対尋問をくぐった二人の証言から何が明らかになったかは、次回公判後に整理することにして、この日の両証人の証言の骨格をまず書き留めておく。

 原告側の証人、沢田氏は、素粒子物理学が専門の科学者であると同時に、広島の被爆者である。主尋問の前半を担当した舟木浩弁護士の質問に答え、被爆時の模様を最初に語った。つぶれた家屋の下敷きになり、自分はもがいて運よく這い出せたが、母が逃げ出せない。火事嵐で炎が強くなったそのとき、「いますぐ逃げなさい」と下敷きの母に強い調子で言われ、「お母さん、ごめんなさい」と言ってその場を離れた。3日後、焼け跡から母の骨を見つけた――つらい体験を、静かに、淡々と話した。
 ついで質問は、沢田氏が理論的側面から精力的な批判活動を行ってきた認定基準の問題点に移り、同氏はDS 86 について、▽残留放射線、とくに放射性降下物についてほとんど考慮していないのが大問題。入市被爆者などは残留放射線の影響のほうが大きいのだから、それをきちんと評価しなければいけない。▽理論的推定線量が、爆心地から遠距離になるほど実測値との乖離が生じてくる問題が解決できないままである。▽乖離が生じる原因として、ソースターム(原爆が爆発したとき、爆弾の表面から放射される放射線の総量、エネルギー分布、方向分布)の計算にも問題がある。軍事機密の壁で正確な計算ができない――と指摘。DS86を見直したとされるDS02に関しても、▽爆発高度を多少ずらしたことなどで、近距離については一定の補正がなされたが、遠距離の乖離については依然として何も解決されていない。▽何よりも、DS02は内部被曝の問題を度外視しているのが致命的欠陥だ――などと証言した。
 後半は有馬純也弁護士が引き継ぎ、認定に当たって内部被曝を重視することの重要性、新たな認定審査の物差しの一つ「原因確率論」の不当性を沢田氏の証言で浮かび上がらせた。同氏は、▽黒い雨だけでなく、黒いスス、放射性微粒子も広範囲に降っており、これらが体内に取り込まれてDNA損傷など人体に影響を及ぼしている。▽こうした内部被曝は、現在の科学の力で外側から物理的に測定するのは難しい。▽原因確率論は、統計的なものを個別事例に適用する点に無理がある。すべての人が平均値のところにあるなら別だが、実際は、放射線の感受性もばらつきが大きく、その影響は多様なのだ。また、放射線影響研究所(放影研)の疫学調査を基礎にしているが、被爆者と対比するための比較対象群「非被爆者」として被爆者を選ぶ間違いを犯している――などと述べた。
 沢田氏は最後に、核兵器廃絶運動に取り組む世界の科学者の組織「パグウオッシュ会議」の会議を日本で初めて開いたときのこと、原爆資料館を見学した後、外国から来た参加者が頭を抱え、「自分たちはきのこ雲の上から考えていた」と語ったという思い出を語り、「科学者であるなら、きのこ雲の下から考えていかなければならない。きちんと目を開いて、想像を超える被曝の実相を踏まえ、判断してほしい」と訴えた。

 この日の公判を振り返ると、沢田氏の締めくくり発言は、次に証言台に立った国側証人、小佐古敏荘氏への痛烈な批判となっていた。
 国際放射線防護委員会(ICRP)の専門委員などもつとめている小佐古氏から、国側は、大半の時間をDS86とDS02とのかかわりに絞って証言を引き出した。同氏は結論として、①DS02の線量評価システムは、ガンマ線など各種測定結果から、その正当性が検証された。②DS86とDS02は方法論も同じで、不正確と指摘された最初の評価システムT65DとDS86の間には「革命的」な違いがあったが、DS86とDS02は「兄弟」のような関係にある。基本的部分はほぼ共通しており、改善を加えた。線量評価では、よい一致をみた。③よって、DS02の科学的合理性は検証された。④2km以遠の問題については、そこまで合っていたものが、突然変わるとは思えない――と語った。
 国側の質問にも、小佐古氏の証言にも、「きのこ雲の下」で無辜の市民がどんなに苦しんでいたか、そのことを踏まえた話はまったく出なかった。ひたすらDS02の「正当性」なるものを言いたいがために2時間もの持ち時間を費やしたとしか考えられない。
 なぜだろうか。ひょっとすると国側は、原告勝訴となった松谷英子さんの長崎原爆訴訟最高裁判決(2000年7月8日)の中に書かれていた一言にしがみつこうとしているのではないか。「DS86もなお未解明な部分を含む推定値であり、現在も見直しが続けられていることも、原審の適法に確定するところであり」というくだりである。最高裁判決もそう言っており「線量推定方式としてのDS86の科学的合理性自体を否定しているものではない。そして、見直し作業が進められた結果、DS02の策定により、DS86の科学的合理性が改めて証明された」と、すでに2003年12月10日「被告ら第2準備書面」の中で主張しているからである。
 もし、本当にそう考えているのだとすれば、それは、最高裁判決のとんでもない読み違いである。判決は被爆の実相――現に生じた重い事実から出発して、DS86の限界を認めたのである。裁判所が認定却下は不当だと認めた松谷さんや、京都原爆訴訟に勝訴した小西建男さん(故人)=2000年11月7日、大阪高裁判決、確定=が、国の新たな基準でも認定されないことになる矛盾を、国側は説明できないままではないか。

 閉廷後、裁判所近くのいきいきエイジングセンターで開かれた報告集会で、沢田氏は「大勢支援の傍聴に来ていただき、力づけられた。裁判官には何とか分かっていただけたのではないかと思っている」と話した。弁護団の人たちは「次回公判が大きな山場になる。小佐古証人への反対尋問をしっかり準備したい」と決意を述べた。私たち支援者の任務は、次回法廷傍聴席を埋め尽くして、原告・弁護団・沢田証人を励ますことである。その次回は、明2005年2月23日(水)午前11時から午後4時半まで、大阪地裁202号法廷。
以上
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