《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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原爆症認定集団訴訟・近畿の公判傍聴日誌⑯

原告側医師代表・郷地氏へ主尋問 最終弁論は12月14日と決定
2005年7月27日(水)・大阪地裁

 原爆症認定集団訴訟・近畿の第15回公判は、7月27日午後1時半から、大阪地裁202号法廷で開かれた。この日の口頭弁論では、原告を含む被爆者の治療に長年携わってきた医師の代表として、神戸市在住の東神戸診療所長、郷地秀夫氏が、原告弁護団の主尋問に答える形で約3時間、証言した。
葛野須耶子さん(神戸市)、木村民子さん(大阪市)ら原告数人も出廷、被爆者や支援者らでほぼ埋まった傍聴席の人々とともに、尋問を見守った。
 郷地氏は広島県生まれ。1974年、東神戸病院の内科研修医として医療の道を歩み始め、96年から同病院長、2003年からは東神戸診療所長を務めてきた。現在、東神戸診療所と東神戸病院の外来で約250人の被爆者の主治医として日常健康管理を担当している。この30年間にかかわった被爆者は約1500人に上る。

 郷地医師はこれまでに原爆症認定の意見書を32人について書き、18人が認定されているという。最初に原告弁護団の有馬純也弁護士が尋問に立ち、認定の問題で印象に残っていることは?と尋ねると、「憤りを感じた出来事があった」と、次のように語った。
 「7-8年前、厚生省の原爆症認定の担当官から、自分に直接電話がかかってきた。その5年前に認定申請している被爆者に、申請をあきらめるよう説得してほしいとの依頼電話だった。この被爆者は、1キロ以内の近距離被爆で不自由な体になってしまった人だ。申請を5年もほったらかしておいて、そろそろ結論を出したい、という。早く認定してほしいと返事したところ、とたんに申請却下の通知があった」。

このあと、郷地氏は有馬弁護士との一問一答で、医師の立場から、国の被爆者対策の問題点を、いくつかの論点に絞って述べた。
<被爆者を研究材料にしてきたABCC>
 被爆者は長年にわたり米国の研究機関ABCC(原爆障害調査委員会)の研究材料とされてきた。研究の名目は「原子力の平和利用」という内容でありながら、原爆をさらに強化したいという「軍事目的」、原子力を利用したいという「原子力の推進」を前提としたもので、何より優先されるべき被爆者救済の目的が欠如していた。日本政府も被爆者の立場に立たず、米国にひたすら協力してきた。原爆の人体影響評価には、当初からバイアスがかかっていたのだ。
 ABCC側は、被爆者が自主的に、喜んで研究に協力してきたというが、とんでもない。たとえば「広島原爆被爆児童の成長及び発育―3ヵ年(1951-1953)」というABCCの研究報告書を見ると、当時5歳から18歳の2744人の子どもたちについて、それはこと細かい身体の計測・観察が行われている。体毛は、腋毛、恥毛、肛門周辺の毛まで観察され、分類されて統計がとられた。女性は乳房の大きさや形状の分類がされ、男性はペニスの長さまで測られた。子どもたちは、心に大きな傷を残しながら耐えるしかなかった。
 <遠距離・入市被爆の実相を直視せよ>
国はこれまで遠距離・入市被爆者の原爆症を認めてこなかったが、提出した意見書にも書いておいたように、爆心地から2・5キロ以上の遠距離被爆でも、脱毛などの急性症状が見られる人は沢山おり、亡くなったケースも報告されている。入市被爆の場合は医学的研究や記録が少ないが、体験談が一番の参考になる。そうした資料の症状は、放射線の急性期障害と符合し、かなりの残留放射線などを浴びたことが裏付けられる。
<原因確率論の問題点>
認定の基準となる「原因確立」に使われているがんの死亡率に関するデータは、1950年―1990年が基礎になっており、古い。一番新しいデータで今から15年前で、その統計的な結果を今に当てはめて考えようとするところに無理がある。がん死亡率はここ10年だけでも大きく変わっている。がん罹患率にいたっては1958年―1987年のさらに古いデータが参考にされている。
また、放射線の被爆者に与えた影響の客観的調査のためには、比較する非被爆者の対象群が必要だが、それを遠距離・入市被爆者にするという間違いを犯している。この点に問題があったことはABCCの報告書自身が認めている。

小休憩のあと、藤原精吾・弁護団長以下9弁護士が、原告1人ずつを受け持って、原爆症認定に必要な起因性と要医療性について、それぞれの症状に即しながら郷地氏に確認を求め、同医師はすべての原告とも起因性、要医療性がある、と答えた。
最後に「裁判官に訴えたいことがあれば」との弁護士の言葉を受けて、郷地氏は、それまで座っていた証言台のいすから立ち上がり、3人の裁判官に向かって発言した。
「GHQは被爆者に『被爆体験を語るな』と命じた。そもそも原爆を落とされるようなことをしたのは日本であり、被爆者の治療は日本政府があたるべきなのに、政府は冷淡に扱い、アメリカの非人道的、残虐行為の責任追及もすることなく、今日まできた。こうした中で被爆者はつらい思いをし続けてきた。いまは何でも言えるはずだが、被爆者だと分かると差別を受けるからと隠さざるをえないできた人も多い。そういう被爆者の方々に寄り添いながら過ごしてきた者の一人として、行政の誤った被爆者医療政策、被爆者への冷たい仕打ちを、しっかり見据えて、公正な裁きをお願いします」

次回公判は9月9日(金)午後1時半から。郷地氏へ被告国側の反対尋問がある。また、閉廷後に大阪弁護士会館で開かれた報告集会で、原告弁護団から、最終弁論は12月14日(水)午前10時半からと決まったことが報告された。           以上
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