《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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原爆症裁判を傍聴した感想(2006年1月30日)

原爆症裁判を傍聴した感想(2006年1月30日)
野村修身(工学博士;エネルギー工学)

2006年1月26日午後1時15分より、東京地裁大法廷103号で、原爆症裁判の口頭弁論があり、放射線影響研究所・児玉和紀氏を証人として尋問が行われた。私の感想を一言で示せば、被告の国側代理人のやる気のなさと原告側代理人の迫力が対照的であった。
最初は、被告側代理人が尋問したが、私の記憶にはほとんど残っていない。原告からの訴えがあったので、形を整えるために被告側に座っているだけではないかと勘ぐりたくなる。例えば、「誘導放射能と放射性降下物による被曝の推定を行った」という証言を引き出していたが、そんなことはアタリマエであり、何も証言として引き出すことも無いだろうと思った。かなり短い時間で、被告側代理人の尋問はすんでしまった。

それに比べて、原告側代理人の尋問は、原爆症の判定が恣意的であったことを立証しようという気概に満ちていた。5人の代理人が、入れ替わり立ち替わりしての尋問は迫力に満ちていた。しかし、証言はのらりくらりとしており、尋問をした代理人だけでなく、同席されていた原告や傍聴者はいらいらがつのっていた。例えば、研究費を500万円も使って検討したのに、報告書に記載が無いのはなぜかと尋ねれば、まとまらなかったから報告書に記載しなかったと答える。このような言い分がまかり通っていることに驚いた。

私も科学者の端くれであるが、こんな非常識な行動は、強く戒められていた。科学者の姿勢としてだけでなく、世間常識に照らしても許されることではない。検討結果がこのような事態になったときは、「まとまらなかった」と記載し、そこで検討したデータを記載するべきではないのか。科学者としてだけでなく、社会人としての常識を全く欠いているのがこの証人である。見方を変えれば、恣意的な運用行われていることのあらわれと思える。私の経験では、原子力関連全般はこのような施策をして恥じないのが共通姿勢である。この証人も原子力に携わっていることで、知らず知らずのうちに、このような非常識を身に付けてしまったのであろう。

このような相手に対して、闘いを続けている原告や代理人のご苦労は大変であろうと思いながら、法廷を後にした。私も出来る限りの支援をしたい。
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