《原爆症認定集団訴訟@被爆64年》 の最新情報

広島・長崎に原爆が投下されて60年+α。今、被爆者に癌などさまざまな病気が発症しています。被爆者が「原爆症認定」を求めておこした原爆症認定集団訴訟について、弁護団から最新情報を提供します。

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■東友会 集団申請 Tokyo Hot News №3 2006.3.1付

■集団申請 Tokyo Hot News №3 2006.3.1付
 
昨日2月28日の東友会相談所。
相談件数は1日で、ほぼ50件。
「ほぼ」というのは、多すぎて、まだ整理できていないのです。
 
そのうち、原爆症認定集団申請関連は、半分ほど。
申請する被爆者本人はもちろん、申請を呼びかけている地区の会(区市の被爆者の会)役員、医療機関の医師や看護師、医療ソーシャルワーカー…。
 
被爆者はこの集団申請の呼びかけを待っていたんだ!!!と実感できました。

 
28日の夜は東友会の事務局会議。
日本被団協中央相談所の理事でもある事務局次長のY子さん。
豊島区の被爆者5人に声をかけたところ、
甲状腺ガン・脳梗塞1人、大腸ガン1人、肺ガン・子宮ガンの多重ガン1人、悪性リンパ腫1人、肝硬変1人とみんなが原爆症認定を希望していることがわかり相談にのっているとの報告。
 
そして弥生3月に氷雨の降るきょう3月1日、28日に病院から問い合わせがきた申請者=北区のC男さんからの電話。
「病院から、連絡がありました。書類ができたそうです。東友会にうかがっていいですか」と。
 
担当された北・双友会会長のI子さんに電話をすると
よかった。C男さんは長崎の1.4㎞で被爆して、800mの自宅にいた家族5人は全部亡くなられたの。
14歳の少年が、家族をふくめて30人もの遺体を焼いたと聞きました。
本当にたいへんな思いをされた方です。
青年グループで初めて被爆体験を話した後、「青年時代に楽しいことは一つもなかった」と最後にいわれたことが忘れられない
と話していました。
 
C男さんの申請病名は「心筋梗塞」。
東友会で2時間。申述書を完成させました。
さあ、これで東京の集団申請の完成者は2人。
明日は2人が来所予定。着々と進んでいます。
 
現在、東京で医師の意見書などの書類を準備をしているのは50人は超えていると思われます。
 
武蔵野けやき会は、全会員に「お便り」を送りました。
すると8人の被爆者から「私も集団申請に参加したい」という連絡が。
武蔵野けやき会の柴田副会長から、
「希望者を集めるので説明に来てくれませんか」と。
ここで行かなければ女がスタる じゃなく、被爆者の相談員がスタる!! と大いに張り切りって「ありがとうございま~す。必ず行きま~す」とつい、声がうわずっていました。
 
28日に相談があった被爆者の中には、武蔵野市の被爆者が2人。
7日の説明会のことを話すと、「参加します」とのお返事をいただきました。
 
そんな中、テレビ局からも問い合わせ。
14日は取材にきたいとのことでした。
この問題への関心の広まりを実感しました。
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